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金沢地方裁判所 平成元年(わ)143号 判決

国籍

韓国忠青南道青陽郡化城面花江里四九二番地

住居

石川県輪島市新橋通六字四番地の九

会社役員(元パチンコ店経営)

野村正廣こと姜錫采

一九四〇年二月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官鈴木敏彦出席の上審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することが出来ないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、肩書住所地に居住し、石川県珠洲市飯田町二八部三二番地の二において、パチンコ店「プラザ」を、同県鳳至郡穴水町川島キ一〇五番地において、パチンコ店「ポパイ」をそれぞれ経営していたものであるが、所得税を免れようと企て、右パチンコ店の仕入を水増し計上するなどの方法により所得を隠匿した上

第一  昭和六〇年分の総所得金額は、別紙第一、第四、第七記載のとおり四五六八万九九九四円で、これに対する所得税額は二一〇〇万六一〇〇円であるのにかかわらず、昭和六一年三月一五日、同県輪島市河井町一五部九〇番地一六所在輪島税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一五九一万五九七一円で、これに対する所得税額は四二五万九〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、別紙第四記載のとおり、正規の所得税額と右申告額との差額一六七五万五二〇〇円を免れた

第二  昭和六一年分の総所得金額は、別紙第二、第五、第七記載のとおり五六三七万七六一一円で、これに対する所得税額は二二五七万一〇〇〇円であるのにかかわらず、昭和六二年三月一六日、前記輪島税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は三四六四万五六七〇円で、これに対する所得税額は九八一万七五〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、別紙第五記載のとおり、正規の所得税額と右申告額との差額一二七五万三五〇〇円を免れた

第三  昭和六二年分の総所得金額は、別紙第三、第六、第七記載のとおり八一三九万五三一一円で、これに対する所得税額は三五八四万七六〇〇円であるのにかかわらず、昭和六三年三月一五日、前記輪島税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一一五二万八一二九円で、これに対する所得税額は二一八万二二〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、別紙第六記載のとおり、正規の所得税額と右申告額との差額三三六六万五四〇〇円を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示事実全部につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(検察官証拠等関係カード番号42ないし47、50ないし52、54ないし56、59、60、65。なお、以下に記す算用数字も右カードの番号である)及び検察官に対する供述調書(67)

一  井頭悦子の大蔵事務官に対する質問てん末書(四通)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(23ないし32、35ないし40、88、91、92)

一  検察官作成の捜査報告書(95、96)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(4、5)

一  押収してある日報一綴(昭和六〇年分、平成元年押第三一号の一)

判示第二、第三の事実につき

一  山本光紀、滝尾信彦、李莱烈(二通)の検察官に対する各供述調書

一  検察官作成の捜査報告書(34)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(6、7)

一  押収してある日報一綴(昭和六一年分、平成元年押第三一号の二)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(8、9)

一  検察官作成の報告書(33)

一  押収してある日報二綴(昭和六二年分、平成元年押第三一号の三、四)

(争点に対する判断)

一  被告人及び弁護人は、被告人の脱税の事実と虚偽の確定申告をした事実についてはこれを認めつつも、総所得金額、所得税額、脱税額について争っているが、右主張は、結局のところ、収入額については検察官の主張を認め、簿外経費として被告人主張の接待交際費や旅費交通費などを損金として認めるのが相当であるということに帰着する。

そこで、以下、この点についての判断を示す。

二  接待交際費、旅費交通費について

1  被告人は、捜査の途中から、当初の申告額の他に簿外で支出していた接待交際費及び旅費交通費があると主張を変更するに至ったところ、国税当局は接待交際費の一部の慶弔費を除き、その余のものについては被告人の主張額を経費として全額認め、また、慶弔費についても被告人の主張額の五〇パーセントを越える金額を簿外支出分の経費として認めるに至った(前掲査察官調査書25、27)

そうして、右接待交際費などの金額の確定については、証拠から明らかなとおり、実額課税ではなく、推計課税の方法によっている。

2  しかるに、被告人は公判段階に至り、捜査段階で主張し、最終的に国税当局から認容された前記接待交際費、旅費交通費以外に、更に多額の簿外支出による接待交際費、旅費交通費があると再度主張を変更し、右主張を裏づけるものとして、被告人作成の上申書を提出し、法廷でも右上申書の記載内容に副った供述を行っている。

被告人は、右上申書の内容について、当時のことをすべて思い起こし、記憶に基づき記載したもので、真実であると述べる。

3  ところで、帳簿書類の備えつけがなく、必要な調査を尽しても原始記録等の直接資料によっては実額を把握することができない場合には推計課税をなしうるものと解されるところ、被告人が捜査段階の途中から主張するに至った接待交際費及び旅費交通費については、直接資料たる領収証や請求書は僅かしか存在せず、大多数については直接資料が存しなかったため、国税当局は右の存在した直接資料及び被告人の主張する右簿外支出の一部が公表帳簿に記載されていることから、捜査段階で変更された被告人の簿外支出の主張の大部分を認めた推計課税を行ったものである。

4  そこで、右推計方法が合理的であるか否かについて検討するに、前掲査察官報告書(簿外経費の同業者との比較検討について、88)によれば、被告人について国税当局が認容した接待交際費及び旅費交通費を前提にすると、被告人経営のパチンコ営業の経費率は、石川県、福井県及び富山県内における営業規模が被告人経営のそれと同規模の同業者の経費率を大きく上回っていることが認められる。

これに反し、被告人の上申書の内容の真偽性については、その内容が膨大で、量が多いことからみて、そもそもかなりの年数の経過後に、記憶のみに基づいて真実の内容を記載しうるものか否か大きな疑問があること、被告人自身、上申書の記載内容がすべて真実であるとは断定しえないと述べていること、現に、右記載内容には明らかに真実と異なる誤ったものがあり、被告人もこれを認めていること、上申書を詳細に検討すると、日時が異なりながら内容が全く同じ文章の、いわゆる同一パターンで記載されたものがある上、その内容自体に誤りがあると認められること、被告人が公判段階で主張を拡張した接待交際費及び旅費交通費の額は、捜査段階での主張額に比して余りにも多額であること、上申書に記載されている出張には、時間的、日程的な面からみて、実行が困難と思われるものが見受けられること、被告人が公判段階で拡張した接待交際費及び旅費交通費については、当然存在して然るべきと思える直接資料は一切存在せず、また、例えば、接待の相手方(そもそも相手方の特定さえなされてもいないが)からの資料も何らないこと、このような問題点があり、以上の点から考えると、前記の明らかに誤りと認められる記載内容以外の他の記載内容についてもこれをそのまま真実とみるには躊躇があり、仮に、上申書の一部に真実の記載があるとしても、記載内容のどの部分がそうであるのか、特定することは困難であるから、結局、上申書及び被告人の供述のみをもってしては、被告人及び弁護人の主張を理由があるとすることはできない。

なお、先に述べたように、国税当局の認容額を前提にすると、被告人の経費率が同業者などのそれを大幅に上回っていることからみれば、仮に簿外支出の接待交際費や旅費交通費があったとしても、これは、国税当局が認容した金額の範囲内であるとみるのが合理的である。

5  以上の、被告人の経費率が同業者などのそれを大幅に上回っていること、被告人の上申書の記載内容を真実のものとみるには問題があること及び被告人は、捜査段階で主張を改めた接待交際費などが国税当局によって認容されるまでは、更に右認容額を越える簿外支出があるとの主張は一切していなかったことに照らすと、接待交際費及び旅費交通費については国税当局が認容した額をもって相当であり、被告人及び弁護人の主張は採ることをえないというべきである。

6  以上の理由から、接待費及び旅費交通費については検察官の主張を相当と認め、判示のとおり認定した。

三  開業費について

被告人は、昭和五七年六月に珠洲市内でパチンコ「プラザ」を開業するにあたって支出した接待費などが開業費に該当する旨上申書で述べている。

ところで、開業費とは、事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用をいうものであるところ、被告人の法廷での供述及び前掲被告人の大蔵事務官に対する供述調書(43)、査察官報告書(91)などによれば、被告人は、当初父親の経営するパチンコの経営を手伝っていたが、昭和五〇年ころからは実質的に経営者としてパチンコの営業を行ってきたことが認められる。

右事実によれば、仮に、被告人主張の支出があったとしても、右出費は事業を開始するまでの間に開業準備のために支出する費用に該当しないことは明らかであるから、開業費についての被告人の主張は採りえない。

四  非常勤職員給料、顧問料について

関係証拠によれば、被告人主張の非常勤職員給料、顧問料が真実支払われたか否か疑わしいものである上、仮に、右金員の支出があったとしても、右金員の性質は、特定の給付又は役務の提供に対する対価としての意味を持たないものであるから、経費性を有しないことは明らかである。

したがって、この点についての被告人の主張も理由がない。

五  その他簿外経費に関する被告人の主張で、前判示の認定に合理的な疑いを抱かせるべきものではないから、

被告人及び弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

一  判示各所為

いずれも所得税法二三八条

一  併合罪の処理

懲役刑につき

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)

罰金刑につき

同法四五条前段、四八条二項

一  労役場留置(罰金刑につき)

同法一八条

一  刑の執行猶予(懲役刑につき)

同法二五条一項

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田和博)

第一

〈省略〉

総合

〈省略〉

給与取得

〈省略〉

譲渡所得

〈省略〉

第二

〈省略〉

総合

〈省略〉

利子取得

〈省略〉

給与所得

〈省略〉

第三

〈省略〉

総合

〈省略〉

利子取得

〈省略〉

給与所得

〈省略〉

第四 脱税額計算書

〈省略〉

第五 脱税額計算書

〈省略〉

第六 脱税額計算書

〈省略〉

第七 ほ脱所得の説明

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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